Over the Age Mountain tour
整体師登山ガイド 伊藤 陵

蓼科山 女神茶屋ルート

八ヶ岳連峰の山々一覧

八ヶ岳連峰の最北端、長野県茅野市と同北佐久郡立科町との境に位置する蓼科山は、コニーデ型の山容をした信州きっての名山のひとつで、諏訪富士とも呼ばれている。

遠くからランドマークにもなっていた蓼科山に登ってみることにした。

大きなダケカンバがお出迎えし待っていてくれる

蛙石

途中から岩場が続いて登りはどんどん急になる

山頂直下

山頂の神社

左に位置するのが蓼科山

八ヶ岳が浅間山のように、もうもうと煙をはきだしていたころの事です。


その頃は、富士山もやはり、もうもうと煙をはいていました。
富士山は女の神様ですが、たいそう威張ることが好きでした。いつもまわりの山に向かっては「見たところ、私が日本一高い山のようですね。…雨でも雪でも自由に降らすことができますと、えへん」と、高い鼻をツーンとさせて、得意になって自慢していました。


ある日のことです。
いつものように雲の上から、「えへん。私は、日本一高いですよ。」と、すると、とつぜん遠くから、「日本で一番高いのはこのわしじゃ」と、ごぶとい声が飛んできました。ーまあ失礼な。いったい誰でしょう。ー
富士山はその声がする北のかなたを見ました。それは雲の上へ、ちょこんと頭をだしている八ヶ岳の神様でした。「まあ、八ヶ岳の神様、なにをおっしゃるの。わたしが日本一高い山にきまっているじゃありませんか。」富士山はぐっと背伸びをしていいました。


「いやいや、とんでもない、わたしが日本で一番高い山だ。八ヶ岳も負けずに肩をいからしていい返しました。「いいえ、わたしです」「いや、わたしじゃ」富士山と八ヶ岳は、お互いに自分のほうが高いんだと言い張って一歩も引きません。こんなことが5年も10年も続きました。この様子をごらんになった阿弥陀如来様は、「神様同士が争いをするなんて、本当に困ったものだ。」と、顔をしかめました。何か、良い知恵はないものかと幾日も考えました。ーああそうだ、これはよいぞー阿弥陀如来様はポンと手を打ちました。それは、富士山から八ヶ岳まで長いトイをかけて、水を流すのです。


水は正直ですから少しでも低い方に流れます。さっそく阿弥陀如来様はトイを作りました。トイは富士山のてっぺんから八ヶ岳のてんみねまで掛けられました。まるで一本の橋のようです。さあ、いよいよ水を流します。富士山と八ヶ岳の神様はじっとみまもりました。さあて、水はどちらへ流れるでしょう。あっ!水はピシャ、ピシャと音をたててどんどんと富士山の方に流れていきました。富士山が低いことがはっきりしました。さあ大変です、富士山は黙っていません。「そんなことがあるものか…。」髪をふりみだしかんかん怒りました。富士山は女の神様ですが負けず嫌いでした。

「ああ、くやしい」いきなりありったけの力で八ヶ岳山をけとばしました。ガアーン!天も地もこわれてしまいかと思われるほどの、すごい音がしました。
ザア、ザア、ザア、ガラ、ガラ、ガラ。
八ヶ岳は山頂から崩れ落ちました。何日も続いてやっと止まりました。
そのために、八ヶ岳は八つに裂けて、富士山より低くなりました。

山をお作りになる神様に二人の娘がいました。


一人の娘には富士山を作って住まわせました。もう一人の娘には、浅間山を作って住まわせようと、諏訪の土地をたくさんはこびました。そのため諏訪の土地に大きな穴がぽこんとあきました。蓼科山は八ヶ岳の妹でした。困ったことに蓼科山は、兄さんの八ヶ岳が富士山にけとばされてからずうっと泣きっとおしです。

「お兄ちゃんがかわいそうだ…富士山より低くなっちゃった。」あたりかまわず大声で泣きました。蓼科山の両方の目からどくどく涙が流れました。とうとう音をたてて蓼科山のすそを走り、ひとすじの川になりました。そして、諏訪の土地のへっこんあところへ流れ込み、蓼科山の涙がたまって諏訪湖になりました。

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